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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)1655号 判決

原告 杉田芳夫

右代理人 青木美夫

被告 安田生命保険相互会社

右代表者代表取締役 竹村吉右衛門

右代理人 吉長正好

松浦武

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

訴外矢内一郎(通称敬祐)が被告会社大阪中央支社長であつたことは当事者間に争がなく、右矢内の証言と同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、矢内は被告会社大阪支社長の職にあつた当時の昭和二十八年十二月二十四日同支社長矢内敬祐名義を以て額面金二十万円、支払期日昭和二十九年二月二十日、支払地振出地共に大阪市、支払場所株式会社三菱銀行梅田支店、受取人原告なる約束手形一通を振出して原告に交付し、割引の方法により原告から金融を受けた事実が認められる。ところで、被告会社は矢内に手形振出の権限を与えてはおらず、又矢内も被告会社を代理して被告会社のためにする意思で右手形を振出したものではなく、手形割引金の使途も被告会社業務に関するものでなかつたことは矢内の証言と証人佐々木寛の証言とによつて認められるから、被告会社は右手形について責任を負わないものと言わねばならない。

原告は、被告会社大阪中央支社長は即ち支店長であり営業の主任者であるから商法第四十二条により被告会社は同支社長矢内の振出した手形につき支払の責任がある。と主張するが、前記矢内佐々木、の各証言によれば、被告会社大阪中央支社長は保険契約の募集、外務員の指導監督、第一回の保険料徴収の代行をその任務とするものであつて、保険契約の締結或は解約其他営業一般についての権限を有するものではなく、被告会社には別に大阪営業部を置き大阪地区における営業事務を担当していることが認められ、右認定に反する証拠がないから、大阪中央支社は本店と同一の営業を為し得る組織権限を有しないものであつて商法第四十二条にいう支店に該当せず、従つて同支社長矢内を以て営業の主任者とすることはできない。してみれば本件手形振出につき同法条を適用する余地はなく、被告会社は右手形に対する責任を負うものではない。

次に原告は、被告会社の大阪支社長矢内が商法第四十二条の表見支配人に該当しないとしても、支社長矢内に手形振出の権限ありと信ずべき正当の理由があつたから、民法第百十条により被告は本件手形に対し責任があると主張し、右権限ありと信ずべき正当の理由として、矢内は被告会社が使用許可している大阪中央支社長の職印を以て銀行取引をなし、本件手形振出に当つても右大阪中央支社長の印を押捺し、又本件手形の割引金は保険契約の解約に使用した等の事実を挙げている。矢内の証言によれば、矢内が被告会社大阪中央支社長名義で右支社長の職印を以て三菱銀行梅田支店及びその他の銀行と当座取引していたことは認められるが、被告会社が矢内に対し被告会社のため当座取引をなし手形を振出す権限を与えていなかつたことは前に認定した通りであり、右当座取引が矢内個人の取引であつて被告会社の業務上のためのものでなかつたことは矢内の証言によつて明らかであり、又証人下村菊太郎の証言及び原告本人の尋問の結果によれば、本件手形の割引金の使途も被告会社の業務に関するものではなく、矢内が保険勤誘上の事故に関し被告会社に内密に之を処理するために使用したことが認めれるのである。其他全証拠を検討してみても、被告会社が矢内に対し、前に認定した支社長としての職務権限以外に何等かの特別代理権を与えた事実は認められない。而して支社長矢内が単に支社長名義を以て銀行取引をしていた事実を以てしては未だ矢内に被告会社を代理して手形を振出す権限ありと信ずるについての正当性を認定する根拠と為すに足らないから、矢内の本件手形振出行為につき民法第百十条を適用する余地はなく、被告会社は同法条に基く責任を負うものではない。

以上の理由により原告の本訴請求は失当であるから、之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 三上修)

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